澤井公屋敷

別名-  付近住所 愛知県一宮市木曽川町黒田山 現在-
2012/4/2 碑・案内板アリ


澤井氏  このあたり一帯は、「澤井様お屋敷」といわれており、以前は一面の松林、十メートルほどの丘であったという。戦国時代において澤井左衛門尉雄重は黒田城主で、尾張・伊勢を領有する織田信雄(織田信長の次男)の重臣として仕え、小牧・長久手の戦いで手柄を立てた。その後、豊臣秀吉より尾張国内で一千石を賜っている。
 関ヶ原合戦では家康方に味方し、清洲城主福島正則に従い、関ヶ原合戦後は新たに尾張国主となった松平忠吉(家康四男)の家臣として三千石を賜った。徳川義直(家康十四男)が入封し、尾張藩が立藩した後も代々、尾張藩に属した。黒田村には三十一石の飛び地があった。
 明治維新時の澤井家当主澤井元長は、名古屋から黒田に移り、黒田村初代村長を務めた。

    


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